1.上場廃止理由
デジタルコンテンツ制作のクラウドゲート(旧テラネッツ;札幌アンビシャス上場)が2012年3月をもって上場廃止となることが明らかになりました。
粉飾した会社が上場廃止になるかどうかの判断はオリンパス事件でも話題になっており、個人的には同社が上場廃止となるとしても、その理由に注目していました。
その理由は以下の通り(抜粋)でした。
「訂正後の決算情報は①売上高、利益を大幅に減少させる・・・、②本件発覚まで上場後一度も正しい財務諸表を開示しておらず・・・、③2期連続債務超過であって株券上場廃止基準に定める要件に抵触・・・④上場申請期である平成18年12月(2006年12月)期の・・・利益については黒字から赤字に訂正」といった内容です。
上記について、①は粉飾がある以上当然ともいえますが、②は「ただの一度も!」という感情が籠もっています。上場廃止理由としては、③の債務超過が決定的と思われますが、最も注目度が高まる上場申請期における粉飾という悪質さを問題視すれば④も重要な要素といえます。
2.主な経営指標の訂正前と訂正後
具体的にどのような粉飾だったのかを、公表された資料を基に検討してみます。
<訂正前>提出会社の主な経営指標の推移~単位:百万円 | |||||
2006/12期 | 2007/12期 | 2008/12期 | 2009/12期 | 2010/12期 | |
売上高 | 403 | 561 | 581 | 563 | 507 |
当期純損益 | 60 | 56 | △1,148 | 214 | △159 |
純資産 | 431 | 760 | △388 | 42 | 83 |
営業C/F | 26 | 186 | △284 | 40 | △8 |
<訂正後>提出会社の主な経営指標の推移~単位:百万円 | |||||
2006/12期 | 2007/12期 | 2008/12期 | 2009/12期 | 2010/12期 | |
売上高 | 337 | 366 | 481 | 563 | 507 |
当期純損益 | △89 | △167 | △907 | 222 | △103 |
純資産 | 280 | 385 | △521 | △83 | 13 |
営業C/F | △77 | △101 | △427 | △16 | △48 |
2006 年12月期が公開直前期(2007年2月上場)ですから、予算必達・黒字決算のプレッシャーがあったと思われます。
その2006年12月期について、売上の架空計上66百万円(403百万円-337百万円)は容易に推定できますが、それだけでは赤字と黒字を逆転させることはできません。この点、公表資料では「会計方針の変更」により利益を捻出したようです。具体的には、コンテンツの取得費用を従来は一括で費用計上していたところ、「コンテンツ勘定」として無形固定資産に計上し、減価償却資産としたのです。これにより費用計上のタイミングが翌期以降にズレこみますから、一時的に業績を良く見せることができるのです。
2007年12月期では、その手法が大胆になります。架空売上195百万円(561百万円-366百万円)と費用の繰延等による損益の過大計上223百万円(56百万円-△167百万円)で業績が堅調であるように見せかけています。
ところが2008年12月に同社の業績は一転します。
2008年12月期には、架空の売上100百万円(581百万円-481百万円)があるものの、訂正前の損失1,148百万円を計上し、一気に債務超過(純資産△388百万円)に陥るのです。
これは競輪関連のソフトウェア事業を行う子会社への貸付金872百万円に対する貸倒引当金と債務保証損失引当金242百万円を併せた1,114百万円に相当する損失でした。売上の2倍近い損失を計上した以上、なかなか復活は厳しそうですが、この会社の業績で注目すべきところは、翌年、債務超過から脱却している点です。
2009年12月期以降は、売上の仮装も無くなります。また、訂正前の債務超過△388百万円を解消したのは、2009年12月期の利益214百万円と第三者割り当て増資(215百万円)によるものです。
2010年12月期には、訂正前の純損失△159百万円を計上しますが、やはり増資で200百万円調達し、債務超過を回避しています。
3.キャッシュ・フローの操作
加えて注目すべきは、営業キャッシュ・フローの操作です。
訂正後の営業キャッシュ・フローはすべて赤字ですから、実際は本業で資金が社外に流出し続けていたのですが、訂正前の情報ではこれを把握することはできません。キャッシュ・フローは粉飾しにくいものとされますが、この会社の粉飾では、後の5.具体的な粉飾手法で指摘するように、固定資産の取得や貸付金等の流出資金を循環させて収益を仮装していましたから、投資キャッシュ・フロー(キャッシュ・アウト)と営業キャッシュ・フロー(キャッシュ・イン)とが両建てとなり、営業キャッシュ・フローがあたかも発生していたかのように仮装していたことが推定されます。
4.債務超過の回避
訂正前後の経営指標を見て注目すべきは、繰り返しになりますが、やはり債務超過です。
訂正前では2008年12月期に債務超過に陥ったものの、2009年12月期には債務超過から脱却しています。しかし実態は、2008年12月期は△521百万円、2009年12月期は△83百万円の債務超過だったということです。
「債務超過か否か」は、財務諸表利用者にとって、非常に重要な情報です。
であればこそ、なんとか2009年12月期に第三者割り当て増資をして債務超過の解消を目指したのでしょう。
5.具体的な粉飾の手法
以下では、具体的な粉飾の手法について説明します。
複数ある手法のうち、今回の粉飾事件として特筆すべき手法が、「資金の循環を前提とした仮装取引」です。仕訳を例に説明しましょう。
例えば、固定資産の取得に係る仕訳があります。
(借)固定資産(コンテンツ) 30,000千円 (貸)預金 30,000千円
一方で、コンテンツ使用許諾料の収入に関する仕訳があります。
(借)預金 28,000千円 (貸)売上高(収入手数料)28,000千円
上記の二つの仕訳は、全く別の取引に見えますが、今回の粉飾の手法は、これらが裏でつながっていたのです。つまり固定資産の購入先に支払った資金30,000千円が、別会社を経由して、「コンテンツ使用許諾料」の収入28,000千円として戻ってきているのです。差額の2,000千円は、経由した別会社への手数料が抜かれていると思えば自然です。
上記取引が監査の対象となったとしても、裏でつながっていることが明らかでなく、それぞれ固定資産の購入に係る証憑書類や売上に係る証憑書類が社内に整備されているとしたら、監査人は「問題なし」と判断する可能性は高いと思われます。
「資金循環を前提とした」とあるのは、「出ていったお金」と「入ってきたお金」が実は同じだったと言うことなのです。
2008年12月期に子会社貸付金について貸倒引当金872百万円を計上していますが、これも「子会社貸付金」として出金し、他社を循環させて、「コンテンツ使用許諾料」として売上計上する方法で、上記と同様の手口です。
こうした粉飾の方法は、とにかく金が必要です。
一旦、資金を出さない限り、その資金を売上の入金として処理できませんから・・・。
6.総括
以下、本事件から学ぶべき点を総括します。
とかく粉飾決算の究明というと、事後的・結果論的になりがちなのですが、主要な経営指標を時系列で比較して以下のような事象や状況を識別した場合には、粉飾の可能性を検討する余地があります。
・会計方針の変更
特に本件では公開直前期の会計方針の変更と言うことで、相当怪しさがありますが、そもそも正当な理由か否かは難解な問題です。会計基準の変更に伴う会計方針の変更以外の会計方針の変更については、利益操作の可能性について疑った方が健全でしょう。(ただし、現行基準では会計方針を変更しても遡及適用が求められていますから、利益操作目的の方針変更は減少するかも知れません。)
・不自然な資産の増減
仮払金や建設仮勘定、ソフトウェアや長期貸付金、関係会社株式等、資金が流れている先に注目することが肝要です。もちろん、売掛金や棚卸資産の著増減にも注目が必要です。異常な増減の裏には異常な事象や状況があることが多いです。
・巨額の損失発生
堆積していった資産を一気に損失に落とす場合、会社はV字回復を目論むことがあります。翌期以降の利益のために、当期に過度に保守的な処理に傾斜することがあります。加えて、「保守主義に基づいて、損失に計上しているのだから問題はないだろう」「落とせば良いんだろう」という姿勢は、実際は過去の粉飾の暴露である可能性が高いのです。
決算数値を見るときには時系列比較、他社比較をお忘れなく。Taku
監査人の立場にない一般の財務諸表を利用する側が、粉飾を見いだすことは大変難しいことですが、「何か変だなぁ」と思うことはそれほど難しいことではありません。